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世界三大建築とは?コロナ後にヨーロッパ旅行へ行きたい人は必見!

「世界三大建築」は、パルテノン神殿、パンテオン、アヤソフィアの3つです。
もちろん世界遺産に登録されていますが、建造物を見たときに「カッコよくて大きくてすごい!」というだけで登録されたわけではありません。
その後の世界の建築に大きな財産をもたらした3つの建築物が「世界三大建築」と呼ばれています。

アフターコロナにイタリアやフランスなどの歴史あるヨーロッパ各国に行きたいと思っている方は、世界遺産の建築物の知識を頭に入れておくことで観光が100倍楽しくなります!

ヨーロッパの歴史や建築を学んでから旅行に行くことで満足度が格段にアップするので、コロナ禍で海外旅行に行きたくても行けなくてウズウズしている方は、歴史や建築、芸術を学んでみることをオススメします!それでは、いってみましょう!

パルテノン神殿(ギリシャ)

By R~P~M
By R~P~M

紀元前438年ごろに完成した作品で、ギリシャの首都アテネに建つ古代ギリシアの建築物です。対ペルシャ戦争の勝利を記念して、アテネの守護神に捧げてアクロポリスの丘の上に10年もの歳月をかけて作られました。

建築的観点から見る素晴らしさ

白の大理石で作られたこの神殿は、【オーダー】*と呼ばれる、基礎の上に立てられた円柱が梁(円柱の上の棒)を支える典型的な神殿建築様式です。

*オーダーについて詳しく知りたい方は、この方の記事がとても分かりやすかったので、リンクを貼っておきます。

典型的な神殿建築様式ではありますが、見え方を美しくする工夫が徹底的に施されています。正面に8本、側面に17本ずつある柱は、一見まっすぐ見えますが実は真ん中に少し膨らみがあります。

これは【エンタシス】と呼ばれる視覚補正技術です。直線に並び立つ柱は人間の目には中央がくびれて見えるため、その錯覚を補うために施されました。

それ以外にも、列柱を見る人間には、隅の柱が細く、しかも外側に倒れて見えてしまうという錯覚があります。そこでパンテオン正面の柱のうち、両端の2本は他よりも若干太く、少し内側に傾けられていました。これも美しく見せるための視覚補正の1つです。

横から見たパルテノン神殿 by Sakari Pönniö

学ぶことで面白い歴史背景

パルテノン神殿があるアテネのアクロポリスは世界遺産に登録されています。パルテノン神殿はアクロポリスにある建造物群の1つとして登録されています。

紀元前2000年ごろからアクロポリスには王宮が置かれ、紀元前8世紀ごろからはアクロポリスの麓に町が形成され、丘の上には宛名の神殿がつくられるなど聖域として発展しました。

今から4000年も前から王宮を作り、2500年前には神殿を作り上げていたギリシャ人の高い技術と多様性がうかがえます。実はアクロポリスは紀元前500万年のペルシア戦争の際に、クセルクセス1世率いるアケメネス朝ペルシア軍に侵略されて聖域を失っています。

しかしその後、強大なペルシアに対抗するためにギリシア周辺のポリス(小さな国のような組織)を集結してデロス同盟を組みます。その中心地として繫栄し、パルテノン神殿やプロピレア、エレクテイオン神殿などが築かれました。

その後もパルテノン神殿はその地域を支配する帝国に、色々な役割をもつ建造物として改築されています。

ローマ帝国滅亡後は、ビザンツ帝国によってキリスト教聖堂に改築され、1456年にはオスマン帝国によってモスクへと改築されています。

その後、1687年にヴェネツィア軍がオスマン帝国の火薬庫として使われていたパルテノン神殿を攻撃し、大きな被害を受け、現代にいたります。

ただ、建物をみるだけでなくこういった背景を知ってからいくことで、感動の度合いが大きくなりますよね。

パンテオン(イタリア)

By ton de preter

128年に建てられた古代ローマの神殿です。直径43.2mの沿道に半球状のドームが載った構造になっています。外見はあっさりしていますが、内部が圧巻の建築で、様式としては古代ローマ様式で、古代ギリシア様式の次の世代になります。

建築的観点から見る素晴らしさ

パンテオンは、紀元1世紀のローマが持っていた最高の技術を結集して建てたコンクリート建築です。そもそもこのころからコンクリートを生成する技術があったというのも驚きですよね。

直径43mのドームを形作るコンクリートの壁は、大きな格子形状の壁が天頂部まで続いています。さらに、てっぺんに丸い天窓を切り取ることで外の光をそのまま室内に取り込み、荘厳な雰囲気を生み出すことに成功しました。

玄関部分にのみ列柱を立てて、内部は完全な半球体を実演したこの神殿は、ローマが【世界の中心】であることを象徴したともいわれています。

By ton de preter

このドームを形作る格子型状のコンクリート壁は、上へ行くほど薄く作られています。これによって建物の安定を保ち、同時に壁の厚みを減らして建物の負担をを軽減しています。

装飾と機能のどちらも両立した一石二鳥のアイディアです。

こういった建築的な知識を少しでも知ってから旅行に行くと、実際に訪れたときにみるところが変わってきて、より深く理解できるようになります。

学ぶことで面白い歴史背景

パンテオンはローマの発展の中で誕生した建物であり、ローマの歴史を学ぶことでその意味がわかってきます。

ローマというのは今のイタリアの首都ですが、2000年前は国家の名前だったのです。また、パンテオンもローマの歴史地区の中の建造物として、世界遺産に含まれています。

ローマの名前の由来は、伝説の中の登場人物から来ています。オオカミに育てられた双子のロムルスとレムスのうち、兄ロムルスが紀元前8世紀にパラティーノの丘にローマを築いたといいます。そのロムルスにちなんでつけられた名前です。

紀元前10世紀ごろからローマに人が住み始めると、都市国家を経て紀元前509年に共和制国家となりました。紀元前に今の日本のような共和制国家があったんですね。そう考えると政治の制度は2500年も経っているわりには、あまり発展していないようにも思えます。

紀元前270年ごろにはイタリア半島全土を制圧して地中海の覇権を握りました。紀元前27年にアウグストゥスを初代皇帝とする帝政が始まると、歴代の皇帝は書とローマに凱旋門や劇場、浴場、神殿、円形闘技場などを次々に建築し、現在も観光スポットして人気を博しています。

その中で、パンテオンはローマ人が進行する全ての神をまつった「万神殿」でした。

紀元前27世紀にアグリッパが建てて、五賢帝のハドリアヌスが改築しました。そのハドリアヌス帝が改築したパンテオンが今でも残っており、非常に壊れにくい建物であることがわかります。

アヤ・ソフィア(トルコ)

By IwillweartheSun

高さ55m・最大直径31mにも及ぶ、トルコの首都・イスタンブールにある聖堂で、537年に建設されました。

ビザンツ帝国の首都のギリシア正教の総本山としてできましたが、15世紀ごろにはイスラム王朝のオスマン帝国に支配され、壮麗なモスクとなりました。

建築的観点から見る素晴らしさ

ビザンツ帝国の建築技術のすべてを注ぎ込んだビザンティン様式の最高傑作であるアヤソフィアは、4本のミナレットに囲まれた大きなドーム屋根が特徴です。

余談ですがミナレットとは、イスラム教のモスクに付随して作られる塔です。塔の上からはイスラム教徒に1日に5回行う必要がある礼拝(サラート)を呼びかけるアザーンが流されます。

皆さんもイスラム教徒が一定の方向に向かって土下座のような感じ祈っているシーンを見たことがあるのではないでしょうか。それをサラートと言います。イスラム建築のモスクにはほぼ必ずミナレットが付いています。

神の座を象徴する丸井ドームを四角い建物の上に美しく架けることは、当時の大きな課題でした。

アヤソフィアを設計した設計者たちはその課題を見事にクリアし、さらに多くの窓を付けることで、ドームが何にも支えられず【神の力で宙に浮いている!】と錯覚するほどの感動的な空間を作り上げたのです。

By ILKER OZMEN

大ドームを支えるのは〈ペンディンティヴ〉と呼ばれる今日工面部分とその両脇の二つの小さな半ドームです。下図がペンディンティヴで、アヤソフィアの場合はその両脇に半ドームが付いています。

ペンディンティヴ By wikipedia

建物の四隅にあるペンディンティヴを通じて大ドームの重みが滑らかに支えられ、半ドームがそれを補助しています。

学ぶことで面白い歴史背景

アヤソフィアを語る上で欠かせないのが、イスタンブールの歴史です。キリスト教徒とイスラム教のどちらの文化も残るイスタンブールの歴史を学ぶことでアヤソフィアの歴史を知ることが出来ます。

イスタンブールはローマ帝国、ビザンツ帝国、オスマン帝国という大国の首都となった歴史的に意義深い都市です。

ローマ帝国に支配される2世紀末までは、広域に適していたうえに海に囲まれており軍事的な価値も高かった為、スパルタ、アテネ、マケドニア王国と、次々に支配者が代わりました。

4世紀には、皇帝コンスタンティヌス帝が、自身の名前にちなんで、ビザンティウムという名前から、コンスタンティノープルへ改名し、ローマからこの地に遷都しました。

395年にローマ帝国が東西に分裂するとビザンツ帝国の首都となり、この時にキリスト正教の総本山として大聖堂のアヤソフィアを建てました。

栄華を極めたビザンツ帝国も徐々に衰退していき、1453年にオスマン帝国によってコンスタンティノープルは陥落しました。コンスタンティノープルはオスマン帝国の新首都となり、イスタンブールという名前が徐々に定着しました。

その際にオスマン帝国は、キリスト教の大聖堂であるアヤソフィアを、モスクに改築してイスラム教徒の心のよりどころとしました。そして現在では、無宗教の博物館として運営されていましたが、2020年にはまたモスクとして復活しました。

まとめ

今回は、世界三大建築とされる〈パルテノン神殿〉〈パンテオン〉〈アヤソフィア〉の3つを紹介しました。

建築物としても非常に優れているだけでなく、当時の人々の心のよりどころとして役割を変えながら、現代に残っているのは本当に素晴らしいですよね。

他にも世界三大シリーズとして、世界三大聖地世界三大スープなども特集しているのでぜひご覧ください!

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